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三輪そうめんのお中元

2010.07.02

7月に入り、いよいよお中元の時期がやってまいりました!

日ごろお世話になっている方へ、感謝の印に送るお中元。

そもそもお中元とはなにか?その起源と歴史を紹介します。

そもそも、お中元というのは、7月15日の事。

1月15日の上元、10月15日の下元とともに「三元」と呼ばれる年中行事の一つなのです。

古代に中国から伝わった7月15日の中元の日は、贖罪(とくざい・しょくざい)・・・つまり、今まで犯した罪を償う日として、その日一日、庭で焚き火をする習慣がありました。

そして、7月15日は、もう一つ・・・孟蘭盆会(うらぼんえ・お盆)という行事があります。

地方によっては、1ヶ月遅れの8月に行いますが、記録によれば推古天皇十四年(606年)、7月13日~16日にかけて、宮中で初めてお盆の行事が行われています。

つまり、この時代には、お盆の行事とお中元の行事が、同じ日に平行して行われていたのです。

やがて、室町時代になると、お盆の行事が死者を迎えて、その魂を供養するのに対し、お中元の行事は「生身玉」あるいは「御めでた事」と呼ばれ、

「今生きている事を喜ぶ」「無事を祝う」という、生きている人のための行事に変わっていきます。

朝廷や武家の間では、親戚や知人の家に訪問し合って、交流を深め、お互いの無事を喜ぶ・・・といった事が盛んに行われるようになるのです。

やがて、江戸時代になると、その風習はもっと盛んになりますが、そうなると、交際範囲の広い人は、中元の日の一日だけでは対応しきれなくなってきます。

・・・かと言って、知らん顔するわけにはいきませんから、そういう人は中元の日の前後に、贈り物をしたり、手土産を持って挨拶に行くようになるのです。

江戸時代のお中元の人気商品はうどんやそうめん・・・やはり、お盆の時にお渡しするのが理想とされていました。

明治維新後は、使者を使って贈り物を届けて礼をつくす・・・といった形になり、その期間も7月の上旬頃から・・・と、現在のような形になっていきます。

そして、いつしか、その贈り物の品物自体の事を中元と呼ぶようになり、本来の意味は歴史の彼方に消え去り、「親しい人、お世話になった人にお中元を贈る」という事になったわけです。

でも、親しい人や日頃お世話になってる人は別ですが、中には日頃、御無沙汰していて、お中元を送る事によって、お互いの無事を確認してる・・・なんて、仲の人もいるかも・・・

もし、そんな関係の人がいるなら、ある意味、それが本来のお中元の姿かも知れません。

さらに、その御無沙汰を反省し、ご挨拶する事によって、少しでも日頃の無礼をつぐなえるなら、なお本来のお中元・・・という事になるでしょうね。

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