私たちのこだわり

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「昔ながらの、味がするね」── 愚直に、丹念に。自家製・無添加の三輪そうめん

日本のそうめん発祥の地・奈良県三輪地区。
厳かにたたずむ三輪山のふもとに、勇製麺はあります。

創業以来90年以上にわたり、伝統的な手延べ三輪そうめんの技法で、製麺を続けてまいりました。

「本当に美味しく、安全なものを」と、漂白剤や防腐剤などの添加物は一切使いません。
また、他からの仕入れはせず、全て自社で造った製品だけを販売しています。

手間をいとわず、時を追わず、量を誇らず。
お天道様と生地の声を聞きながら、ただ心をこめて……。
一本一本、丹念に手作りした私たちのそうめんに、お客様は、こう言ってくださいます。

「小西さんのそうめんは、昔なからの味がするね」

古き良きものを愚直に守り続ける、勇製麺への一番うれしい、お褒めの言葉です。

「ここにないそうめんを創る」── そうめんの新しい魅力と可能性を探求

千三百年以上の歴史を持つとされる三輪そうめん。
その食文化としての洗練は、私たちも深く知るところです。

さらに勇製麺では、従来のそうめんの枠を超えた新たな魅力を発掘すべく、日々取り組んでおります。

「そうめん=乾麺」の常識を覆す、今までにない食感と味わいを持つ「生そうめん」の商品化。
“夏の食べ物”“ゆでて冷やして、つゆで頂くもの”といった固定観念を離れた新レシピの提案……。

近年、食に対する消費者の嗜好はさまざまです。 その中にあって、そうめんという食材を一層輝かせ、存在をアピールするためには、ただ伝統にあぐらをかいてはおれません。

皆様のお声を頂戴しながら、柔軟な発想とチャレンジ精神で、三輪そうめんの新しい可能性を求めて精進いたします。

今までも、これからも……── 百年、守り継いできた小西家の技と心

勇製麺のルーツは、大正の終わり頃、旧・大三輪町纒向村の地で小西米次郎(よねじろう)が閑農期の仕事として創業したのが始まりです。

やがて国の減反政策を受けて製麺が本業となり、今日まで、三輪そうめんの伝統技法を守りながら、小西家ならではの麺造りを確立してまいりました。
現在の麺師・小西泰秀は四代目にあたります。

今までも、これからも
三輪の地で伝統の手延素麺の技法で
美味しく、安心して
召し上がっていただける食を創造します。

約一世紀の歴史の中で、創業から守り通してきた、小西家の理念と言えるものです。

これからも勇製麺は、皆様に喜ばれる三輪そうめん造りの探求を終えることなく、精進を重ねてゆく所存です。

今までも、これからも・・・

三輪そうめんについて

「三輪そうめん」は、その名の通り奈良県桜井市を中心とした三輪地方で生産されているそうめんです。

その歴史は古く、『大神神社伝承』に「奈良時代、大神神社の神主であった大神朝狭井久佐の次男・穀主が、大物主大神のお示しにより、小麦を栽培し三輪山の清流でそうめん作りを始めた」との記録があり、これが三輪そうめんの始まりと言われています。

そうめんが庶民の食として親しまれるようになったのは江戸時代のこと。
江戸中頃の『日本山海名物図絵』には、伊勢参りの宿場町として栄えた三輪の町で往来者にそうめんが食された、との紹介があり「大和三輪素麺、名物なり、細きこと糸の如く、白きこと雪の如し、ゆでてふとらず、余国より出づるそうめんの及ぶ所にあらず……」と賞賛されています。

現在、三輪そうめんには三輪素麺工業協同組合により製造自主基準が定められており、これを守り製造された組合員の素麺には、「鳥居マーク」が入った帯が巻かれています。
もちろん勇製麺の三輪そうめんには、この束紙が巻かれています。

三輪そうめんについて

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